本と音楽と珈琲の日々

読書録、日々の出来事、雑感をつれづれに

BR 『ダック・コール』『セント・メリーのリボン』 稲見一良

 

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

 

 

 

セント・メリーのリボン (光文社文庫)

セント・メリーのリボン (光文社文庫)

 

  久々に素晴らしい作家に巡り会った。

 『ダック・コール』は第四回山本周五郎賞を受賞した代表作。野生動物と狩猟をテーマにした作者いわく「狩猟小説」である。生命の有り様、自然の理、人のあるべき立ち位置など多くのことを作者は読み手に語りかける。作品を流れる風はどこか乾いていて外国の匂いがし、英米小説を読んでいるのではないかと錯覚しそうになる。本書に収められた6編の作品はどれも秀逸であるが、なかでも「密漁志願」「ホイッパーウィル」は素晴らしい。

 また、『セント・メリーのリボン』は5編の短編からなる氏の「傑作小説集」と銘打たれた1冊。ハードボイルドタッチのものからメルヘン・ファンタジー的なもの、スリルアドベンチャーの香りのするものなど多彩なオムニバス短編集だ。

 その中で表題作『セント・メリーのリボン』は日本に数少ないハードボイルドの傑作である。単にハードボイルドを気取っているのではなく、ハードボイルドの意味が何なのかを指し示してくれている。読み手は、知らず知らずのうちにその世界に引き込まれ、ぎゅっと胸を熱くし、その後でほろほろと心ほどいていく。それがたまらなく心地よいのだ。

 稲見一良(いなみ いつら)という作家について、知っている人はそれほど多くないかもしれない。私自身も、人づてには聞いてはいたものの、氏の本に出会う機会になかなか恵まれず、今回が初読だった。

 氏は、94年(平成6年)に逝去されており、発表された作品も少ない。そもそも氏が本格的に小説を書くことを決意したのが、自らの病について宣告を受けたことがきっかけだったとか。すべての作品の根底に流れている自然や生命に対する愛情と畏敬はそうした氏の境遇によるものなのだろうか。

 早すぎる氏の逝去は、読み手として非常に残念である。しかし、だからこそ、これほどの煌めきをひとつひとつの作品が放っているのかもしれない。

 

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