BR 『虐殺器官』 伊藤計劃
『ハーモニー』に続き、伊藤計劃作品読了2冊目でした。物語の順序から言えば、本作『虐殺器官』『ハーモニー』の順なのでしょうが。
近未来を描いたSF作品ですが、全体を流れる色調は、単にSFの領域のみには留まってはいないようです。
「人間は脳細胞だし、水だし、炭素化合物だ。とてつもなく長いけれど、ちっぽけなDNAの塊だ。人間は生きているときから物質なんですよ。その人工筋肉と同じように、ね。この物質以外に魂を求めたって、そこから倫理や崇高さが出てくるように思うのは欺瞞ですよ。罪も地獄も、まさにそこにあるんです」(P116)
神は死んだ、と誰かが言った。そのとき罪は、人間のものとなった。罪を犯すのが人間であることは不変だったが、それを赦すのは神ではなく、死に得る肉体の主人である人間となった。(P133)
人と 神との関係において、神の死の意味をこのように論じたことは、極めて興味深いのではないでしょうか。
「…。意識、ここにいるわたしという自我は、常に一定のレベルを保っているわけではないのです。あるモジュールが機能し、あるモジュールはスリープする。スリープしたモジュールがうっかり呼び出しに応答しない場合だってある。物忘れや記憶の混乱はそのわかりやすい例ですし、アルコールやドラッグによる酩酊状態もまた、その一種です。…わたしやあなたは、たえず薄まったり濃くなったりしているのです」……
言葉の問題なのです、と医者は言った。「わたし」とは要するに言葉の問題でしかないんです、いまとなっては。(P186)
自我とは何か、意識とは何かについて、作者は明確に述べています。
かなり思想的で哲学的です。そしてそれを非常にわかりやすく読み手に提示してくれています。
物語自体も、大変に面白く感慨深く、情緒的でもあります。また、最後まで読み終えて、タイトル『虐殺器官』の意味するところにやっと気づきました。本作は伊藤計劃のデビュー作でありますが、やはり作者の力が遺憾なく発揮された代表作であり、作者の思想が結晶化された作品であると思います。
いずれにせよ、日本SFの最高峰と言っても過言ではない作品であると思いました。
一読の価値ありの作品です。
しかし、つくづく作者の早逝が惜しまれます。